「漢方薬を試してみたいのですが、私に合う漢方はどれですか?」
外来でとても多くいただく質問です。
しかし漢方診療では、「この症状だからこの薬」と単純には答えられないことがほとんどです。たとえば、同じ頭痛・腰痛・肩の痛みの診断でも、まったく異なる漢方薬が処方されることがあります。
「同じような症状なのに、なぜ薬が違うの?」
この疑問をお持ちの方に向けて、漢方薬の選び方を解説します。
西洋薬は「病気」を中心に考える
まず、普段よく使われている西洋薬の考え方を整理してみましょう。
たとえば腰痛や肩の痛みには消炎鎮痛薬が、片頭痛にはトリプタン製剤やCGRP関連抗体薬が使われます。これらはいずれも、痛みや炎症が起こるメカニズムに直接作用するよう設計されています。
つまり西洋医学では、「どのような病気・症状か」が治療選択の出発点になります。年齢・副作用・持病なども考慮しますが、基本は病気を起こしている身体の構造そのものを標的にした治療です。
漢方薬は「その人」を中心に考える
漢方薬の考え方は、ここが大きく異なります。
漢方でも病名や症状は重要です。ただしそれと同じくらい、「その患者さんがどのような状態にあるか」を重視します。同じ腰痛・肩こり・頭痛であっても、人によって次のような違いがあります。
- 手足が冷えやすい
- 疲れやすく体力がない
- 雨の日や台風前に悪化する
- むくみやすい
- 胃腸が弱い
- イライラしやすい
こうした体質・体の状態の違いを丁寧に読み取りながら薬を選ぶのが漢方の特徴です。そのため漢方はよく「病気を診るだけでなく、人を診る医学」と表現されます。
漢方薬の「標治」と「本治」── 症状を抑えるだけじゃない
漢方には、治療の目標を表す重要な考え方があります。それが「標治(ひょうち)」と「本治(ほんち)」です。
標治とは、今現れている症状そのものをやわらげることを目的とした治療です。痛みやつらさを一時的に取り除くという意味では、西洋薬の鎮痛剤と目的が近いといえます。
一方、本治とは、症状の根本にある体質や体のアンバランスを整えることを目的とした治療です。「なぜこの人はくり返し腰痛になるのか」「なぜ冷えると症状が悪化するのか」──その根っこにある状態を改善しようとするアプローチです。
漢方治療の大きな特徴のひとつは、標治と本治を同時に、あるいは段階的に行えることです。
たとえば慢性的な肩こりや腰痛に悩む患者さんの場合、痛み止めを使えば一時的には楽になりますが、しばらくするとまた再発する、というケースは少なくありません。漢方ではその方の体質(冷え・血流の滞り・水分代謝の乱れなど)を整えることで、「症状が出にくい体」をつくることを目指します。
症状を抑えながら、同時に体の根本から整えていく──これが漢方治療の醍醐味といえるかもしれません。
漢方薬の選び方は一つではない
少し意外に思われるかもしれませんが、漢方薬の選び方には複数のアプローチが存在します。漢方の歴史は非常に長く、中国で生まれた医学が日本に伝わり、独自の発展を遂げてきました。現在の日本では、大きく分けて次のような考え方が使われています。(※注意! 非常に大雑把な分類です。)
① 日本漢方 ── 「証(しょう)」を重視する
日本で発展した伝統的な漢方診療では、「証」という概念が中心になります。証とは、患者さんの現在の身体の状態を総合的に表現したもので、虚実(体力・抵抗力の程度)、寒熱(冷えがあるか熱感があるか)、表裏(病変の位置や深さ)などの観点から判断します。たとえば、体力があり活動的な人と、疲れやすく冷えやすい人では、同じ症状でも選ばれる漢方薬が異なります。
② 中医学 ── 身体全体のバランスを考える
中国で発展した中医学では、「気・血・水(き・けつ・すい)」のバランスを軸に体の状態を評価します。気は生命エネルギーで不足すると疲れやすくなり、血は全身を滋養するもので不足すると顔色が悪くなったり肌など身体の組織が乾燥しやすくなります。水は体内の水分の流れで、乱れるとむくみや関節の不調につながりやすくなります。中医学はこれに加えて、臓腑・陰陽など多くの概念を組み合わせた大きな診断体系をもとに処方を決定します。
③ 症候別アプローチ ── 症状から候補薬を絞る
現代の一般外来では、より実践的な方法も広く使われています。「雨の日に痛みが出る」「冷えると悪化する」「眠れない」といった症状の特徴から候補薬を絞っていく方法で、症候別アプローチと呼ばれます。患者さんにとっても理解しやすく、西洋医学との橋渡しがしやすいため広く普及しています。

実際の診療ではどう選ぶのか
では実際の診察では、どのように漢方薬を決めているのでしょうか。
答えは、「複数の考え方を組み合わせて判断している」ことがほとんどです。たとえば次のような患者さんがいたとします。
雨の日に腰痛や肩こりが悪化する。むくみやすく、胃腸が弱め。疲れやすく、体力に自信がない。
この場合、証の考え方から体力の程度(虚証寄り)を評価し、気・血・水の視点から水分代謝の乱れを考え、さらに症状の特徴(天気との関連、むくみ)も加味したうえで処方を決めます。そして標治として今の痛みやだるさをやわらげながら、本治として冷えやすい・むくみやすいという体質そのものを整えていくことを目指します。
漢方診療は教科書の単純な当てはめではなく、複数の視点を重ね合わせて患者さんを理解しようとする作業に近いのです。
同じ症状でも処方が変わる ── 具体例
Aさん(30代女性/頭痛・肩こり)
手足が冷えやすく、疲れやすい。痛みのときに吐き気を伴うことがある。
→ 呉茱萸湯や当帰芍薬散などが検討されるかと思います。冷えと血行不良が背景にある痛みに向いているとされる処方です。標治として痛みをやわらげながら、本治として冷えやすい体質の改善も期待できます。
Bさん(40代女性/腰痛・頭痛)
雨の日や台風前に症状が出やすい。むくみやすく、体が重だるい。
→ 五苓散や防已黄耆湯などが候補になるかと思います。水分代謝の乱れに対応する代表的な漢方薬です。むくみやすい体質そのものを整える本治の効果も期待されます。
Cさん(60代男性/肩こり・めまい・頭重感)
高血圧があり、首から肩にかけてのこりや重だるさが続く。
→ 釣藤散などが選択肢になるかと思います。血圧や血流に関わる症状に用いられることが多く、慢性的な体質改善を視野に入れた本治としての役割も担います。
同じ「痛み」「こり」「だるさ」という訴えであっても、患者さんの体質・状態・症状の特徴によってこれほど選択肢が変わります。そしていずれの処方も、単に症状を抑えるだけでなく、体質そのものを整えることを同時に目指しているのが漢方の大きな特徴です。
漢方薬はなぜ効くのか? ── ハイドロリリースとの意外な共通点
最近注目されている「ハイドロリリース(筋膜リリース注射)」という治療と比べてみると、漢方薬の働きがよりイメージしやすくなります。
ハイドロリリースとは、生理食塩水などで薄めた局所麻酔薬を筋肉や筋膜の間に注射する治療法です。その主な効果は次の3つです。
- 物理的な剥離:液体を注入することで、癒着した組織と組織の間を水圧で押し広げます
- 柔軟性と滑走性の回復:水分を補給して組織同士の滑りを良くすることで、筋肉や神経が本来の動きを取り戻します
- 血流の改善:癒着によって圧迫されていた血管や神経の血行が良くなり、痛みの物質が流されやすくなります
針を使って直接その場所に水を届けるのがハイドロリリースだとすると、漢方薬は飲み薬として体全体の血液量・水分量を調節することで、同様の効果をもたらしている可能性があると私は考えています。
たとえば五苓散は、体内の水チャネル(アクアポリン)に作用することが研究で示されており、むくみや水分の偏りを整える働きが期待されています。血流や水分の流れを体の内側から整えることで、癒着や循環不全による痛み・こり・だるさが和らぐ──これはまさに標治(症状の緩和)と本治(体質改善)を同時に目指す漢方の考え方と重なります。
もちろんすべてが解明されているわけではありませんが、六君子湯と食欲ホルモン「グレリン」の関連、抑肝散と神経伝達物質(セロトニン・グルタミン酸)への作用なども研究されており、漢方薬を現代医学の言葉で理解しようとする取り組みは着実に進んでいます。
まとめ ── 漢方薬は「その人に合った薬」を選ぶ

漢方薬は「症状だけ」で選ぶ薬ではありません。
西洋医学が病気そのものを中心に考えるのに対し、漢方では患者さん全体の状態を重視します。そして単に今つらい症状を抑える(標治)だけでなく、その症状が起きやすい体質そのものを整える(本治)ことを同時に目指せるのが漢方治療の大きな強みです。
体力・冷え・むくみ・胃腸の状態など、その方の体質を丁寧に読み取りながら、最もふさわしい処方を選んでいきます。西洋医学と漢方医学、それぞれのアプローチを組み合わせることで、より幅広い症状に対応できると考えています。
頭痛・腰痛・肩こりなど慢性的な痛みやつらい症状が続いている方、「西洋薬だけでなく別のアプローチも試してみたい」とお考えの方は、ぜひ一度ご相談ください。「どんな症状があるか」だけでなく、「どんな体質・体の状態か」もあわせてお聞きしながら、一緒に考えていきます。
ペインクリニック芦屋ピッコロ診療所は西宮市、芦屋市、神戸市東灘区地域で、片頭痛、関節痛、神経痛などの治療を積極的に行っています。

